大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

札幌地方裁判所室蘭支部 昭和45年(ワ)89号 判決 1971年2月26日

原告

田口吉則

被告

高山太郎

ほか一名

主文

被告小松祐吉は、原告に対し、金三八万一、八六六円及びこれに対する昭和四五年三月一九日から完済まで年五分の金員を支払え。

原告の被告小松祐吉に対するその余の請求及び被告高山太郎に対する請求を棄却する。

訴訟費用中、原告と被告高山太郎との間に生じた部分は、原告の負担とし、原告と被告小松祐吉との間に生じた部分は、これを二分し、その一を原告、その余を同被告の負担とする。

この判決は、原告勝訴の部分に限り、原告において、被告小松祐吉に対し、金一〇万円の担保を供するときは、仮に執行することができる。

事実

原告訴訟代理人は、「被告らは、原告に対し、各自、金八〇万七、八〇〇円及びこれに対する昭和四五年三月一九日から完済まで年五分の金員を支払え。訴訟費用は、被告らの連帯負担とする。」との判決及び仮執行の宣言を求め、その請求の原因として、

一、原告は、昭和四三年九月二〇日午後二時頃、苫小牧市鶴岡二一四番地先国道三六号線道路上において、道路脇の芝草の土ならし作業に従事していた際、同所を千歳市方面から室蘭市方面に向け、進行して来た被告小松の運転する大型貨物自動車室一ゆ三〇八五号(以下「被告車」という。)の後部を衝突させられ、そのため、原告は、腰部と後頭部を強打されて、自律神経失調症及びむち打ち損傷の傷害を受けた。

二、本件事件は、被告小松の左記過失により、惹起されたものである。

すなわち、被告小松が本件事故現場にさしかかつた際、路面が降雨のため、濡れ、車輪が滑走し易い状態であつたから、かかる場合、自動車運転者としては、ハンドルを確実に保持し、何時でも急停車できる程度に減速して進行し、急激な制動措置を避けるなどし、もつて、滑走による事故の発生を未然に防止すべき注意義務があるのに、同被告は、これを怠り、漫然、時速四五粁の速度で、被告車を運転し、先行車が徐行するのを発見して、急制動を施した過失により、被告車の左側部分を路外に滑走させ、被告車の後部を原告に衝突させたのである。

三、被告小松は、本件事故当時、訴外高山商事株式会社(以下「高山商事」という。)の従業員であつて、同会社の業務に従事していたが、被告高山は、同会社の代表取締役であり、同会社に代わつて、その事業を監督していたものである。

四、本件事故は、右のとおり、高山商事の被用者であつて、被告高山の監督する被告小松が同会社の業務の執行中、その過失により、惹起されたものであるから、被告小松は、民法第七〇九条により、被告高山は、同法第七一五条第二項により、原告に生じた損害を賠償すべき義務がある。

五、原告は、本件事故により、次の損害を受けた。

(一)  治療費

原告は、本件傷害治療のため、昭和四四年一月一日から昭和四五年三月三一日までの一五ケ月間、訴外双葉外科医院で通院加療を受け、治療費として、一ケ月金三、〇〇〇円、合計金四万五、〇〇〇円を支出し、同額の損害を受けた。

(二)  入院雑費

原告は、本件傷害治療のため、昭和四三年九月二〇日から同年一〇月一五日までの間、訴外苫小牧市立病院に、次いで、同年一〇月一六日から同年一一月一九日までの間、双葉外科医院に入院し、以上の計六一日の間、雑費として、一日平均金二〇〇円、合計金一万二、二〇〇円を支出し、同額の損害を受けた。

(三)  得べかりし利益の喪失

原告は、本件事故当時、訴外道路建設株式会社(以下「道路建設」という。)に勤務していたところ、本件傷害のため、昭和四三年九月二一日から昭和四四年四月三〇日までの間、休業したが、右休業をしなければ、給与として、一ケ月平均金四万一、〇〇〇円、合計金三〇万六、〇〇円(一〇〇円未満切捨)を得ることができたので、同額の損害を受けた。

(四)  慰藉料

原告は、本件傷害のため、右のとおり、昭和四三年九月二〇日から同年一一月一九日までの六一日間、入院加療し、退院後も現在に至るまで通院加療しているが、全治せず、むち打ち損傷による後遺症に悩まされており、これによる精神上の苦痛に対する慰藉料額は、金七五万円が相当である。

(五)  自動車損害賠償責任保険金などの受領

原告は、本件傷害について、自動車損害賠償責任保険金(以下「自賠責保険金」という。)二〇万円の支払を受け、また、被告高山から、損害賠償金二〇万円の支払を受けた。

(六)  弁護士費用

原告は、昭和四五年三月一日、札幌弁護士会所属弁護士村上弘に対し、本件訴訟の提起及び追行を委任し、着手金として、金三万円を支払つた外、成功報酬として、請求認容額の一割相当額を支払う旨を約定した。したがつて、原告は、弁護士費用として、少なくとも合計金一〇万円の支払義務があり、これと同額の損害を受けた。

六、よつて、原告は、被告らに対し、各自、右五の(一)ないし(四)、(六)の損害金合計金一二〇万七、八〇〇円から右五の(五)の自賠責保険金など金四〇万円を控除した残額金八〇万七、八〇〇円及びこれに対する本件訴状送達の日の翌日である昭和四五年三月一九日から完済まで民法所定の年五分の遅延損害金を支払うことを求める

と述べ、被告高山の抗弁に対する再答弁として、右抗弁事実(一)、(二)は否認する

と述べた。〔証拠関係略〕

被告高山訴訟代理人は、「原告の請求を棄却する。訴訟費用は、原告の負担とする。」との判決を求め、答弁として、原告主張の請求原因事実中、

一のうち、原告がその主張の傷害を受けたことは不知、その余の点は認める。

二は否認する。

三のうち、本件事故当時、被告小松が高山商事の従業員であり、被告高山が同会社の代表取締役であつたことは認めるが、その余の点は否認する。

四は否認する。

五の(一)、(二)は不知。

五の(三)は否認する。

五の(四)は不知。

五の(五)のうち、原告が金四〇万円の支払を受けたことは認めるが、その余の点は否認する。右金四〇万円は、高山商事が支払つたものである。

五の(六)は不知

と述べ、抗弁として、

(一)  高山商事は、本件事故後、原告の代理人である道路建設との間で、高山商事は、原告に対し、本件損害賠償金として、金四〇万を支払う、右金四〇万円が支払われた場合、本件事故に関する一切の紛争は解決されたものとする旨の和解契約を締結した。しかして、高山商事は、すでに原告に対し、右金四〇万円を支払つたから、原告の本訴請求は、失当である。

(二)  仮に右主張が理由がないとしても、原告は、その主張の休業期間である昭和四三年九月二一日から昭和四四年四月三〇日までの間、道路建設から、給料の支払を受け、または、労働者災害補償保険法に基づく休業補償の給付を受けたから、原告主張の五の(三)の損害は、填補された。したがつて、原告のこの点に関する請求は、失当である。

と述べ、

被告小松訴訟代理人は、「原告の請求を棄却する。訴訟費用は、原告の負担とする。」との判決を求め、答弁として、原告主張の請求原因事実中、

一は認める。

二は否認する。被告小松は、本件事故当時、先行車と約四・五米の車間距離を保つて、万全の注意を払い、進行していたが、先行車が制御燈を点滅したので、瞬間的に被告車の制御装置を軽く作動したところ、路面が降雨のため、濡れて滑走し、被告車が斜め横向きとなつて、対向車と衝突する危険があつたため、ハンドルを右に切つたが、間に合わず、本件事故が発生したのであつて、同被告には過失があるとはいえない。

四は否認する。

五は不知

と述べた。〔証拠関係略〕

理由

一、原告主張の一の事実は、被告小松の認めるところである。

また、原告主張の一の事実のうち、原告がその主張のような傷害を受けたことを除くその余の事実は、被告高山の認めるところであり、同被告に対する関係で、〔証拠略〕を総合すれば、原告が本件事故により、その主張のような傷害を受けたことが認められ、他に右認定をくつがえすに足りる証拠はない。

二、次に、原告主張の二の事実について、判断するのに、〔証拠略〕を総合すれば、本件事故現場は、国道三六号線道路上であり、その付近において、車道幅員は約六・四米でアスフアルト舗装の東西に一直線の平坦な道路であり、車道の両側に幅員各約一米の非舗装歩道があり、道路上の見通しは良好であること、本件事故当時、本件事故現場は、アスフアルト舗装改修工事の施行直後であり、かつ、降雨直後であつたため、湿潤し、油類が浮き、滑走し易い状況であり、なお、自動車の交通量は大であつたこと、本件事故現場南側路肩及びその南側歩道上には被告車により、印された長さ二一米の車轍痕が認められること、被告車と原告との衝突地点は車道南側路肩と南側歩道との境界付近であることが認められ、他に右認定をくつがえすに足りる証拠はない。

右事実と〔証拠略〕を総合すれば、被告小松は、被告車を運転して、本件事故現場付近を東方から西方に向け、時速約四五粁で進行中、本件衝突地点の東方約三〇米の地点において、前方約二〇米の地点を先行していた車両がブレーキを踏み、徐行するのを発見し、急制動を施したところ、後輪が進行方向に向つて、右側に滑走し、対向車と接触する危険を感じたので、進行方向に向つて、左側にハンドルを切つたが、被告車の左側部分を、南側路肩を越えて、車道外を約二一米滑走させ、被告車の後部をたまたま右路肩の補修工事に従事中の原告に衝突させたことが認められ、他に右認定をくつがえすに足りる証拠はない。

右認定の事実によれば、本件事故当時、本件事故現場は、右のように車輪が滑走し易い状況であつたから、被告車を運転していた被告は、本件事故現場において、ハンドルを確実に保持し、減速して進行し、急激な制動措置を避けるなどし、もつて、滑走による事故の発生を未然に防止すべき注意義務があるのに、これを怠り、この結果、本件事故を惹起したものといわなければならない。

したがつて、本件事故は、被告小松の過失により、生じたことは、明らかであるから、同被告は、民法第七〇九条により、これによつて、原告に生じた損害を賠償すべき義務がある。

三、次に、原告主張の三の事実について、判断するのに、本件事故当時、被告小松が高山商事の従業員であり、被告高山が同会社の代表取締役であつたことは、被告高山の認めるところである。また、〔証拠略〕を総合すれば、被告小松は、本件事故当時、被告車を運転して、高山商事のため、砂利運送作業に従事中であつたことが認められ、他に右認定をくつがえすに足りる証拠はない。

ところで、民法第七一五条第二項にいう使用者に代わつて、事業を監督する者とは、客観的にみて、使用者に代わり、現実に事業を監督する地位にある者を指称するから、使用者が法人である場合には、その代表者が現実に被用者の選任、監督を担当しているときは、同条項による責任を負わなければならないが、単に代表者が使用者たる法人の代表機関として、一般的業務執行権限を有するにすぎないときは、同条項による責任を問うことができないものと解するのが相当である。

しかして、これを本件についてみるのに、被告高山が高山商事の代表取締役であることの外、さらに進んで、同被告が現実に被用者である被告小松の事業の執行を監督する関係にあつたことを認めるに足りる証拠はない。のみならず、〔証拠略〕を総合すれば、高山商事は、生コンクリートの製造、販売、重機車両の整備などを目的とする株式会社であり、本件事故当時、約九〇名の従業則を有していたところ、右当時、被告小松を含む約一〇数名の従業員が同会社の重機車両部に属し、このうち同被告を含む約八名が自動車運転手であつたが、右自動車運転手による作業については、同会社常務取締役訴外岡田某、同会社主任訴外伊藤徳太郎が、これを統轄していたことが認められるが、被告高山が被告小松を具体的に監督する関係にあつたとは認めることができない。

もつとも、〔証拠略〕を総合すれば、被告高山は、一ケ月に一、二度の高山商事の朝礼会、一ケ月に一、二度の同会社の会議などにおいて、従業員を集めて、業務の運営全般にわたる訓示をすることがあつたことが認められるが、右のような監督は、一般的抽象的な精神面での監督に止まり、具体的な監督をしていたものとは認めることができない。

したがつて、被告高山が高山商事に代わつて、その事業を監督していたことを前提とする原告の同被告に対する本訴請求は、その余の点について、判断するまでもなく、理由がない。

四、そこで、進んで、原告の被告小松に対する関係において、本件事故により、原告に生じた損害について、判断する。

(一)  治療費

〔証拠略〕を総合すれば、原告は、本件傷害のため、昭和四三年九月二〇日から同年一〇月一五日までの間は苫小牧市立病院に、同年一〇月一五日から同年一一月一九日までの間は双葉外科医院に入院加療し、右退院後の同年一一月二〇日から昭和四五年一月一〇日までの間は数日に一日の割合で同医院に通院加療し、さらに、昭和四五年五月一九日から同年七月三一日頃までの間は訴外西川整形外科医院に入院加療し、右退院後の同年八月一日頃から同年一〇月三一日までの間は二日に一日の割合で、同年一一月一日から現在に至るまでの間は四日に一日の割合で同医院に通院加療したこと、原告は、右通院中の昭和四四年四月二四日から同年五月三一日までの間及び同年一二月一日から昭和四五年一月一〇日までの間、治療費の三分の一に相当する金額を自己において、負担したことが認められ、他に右認定をくつがえすに足りる証拠はない。

しかし、原告が負担した右治療費については、その金額を認めるに足りる証拠はないから、この点に関する原告の主張は、理由がない。

(二)  入院雑費

右(一)に認定のとおり、原告は、本件傷害のため、その主張の昭和四三年九月二〇日から同年一一月一九日までの六一日の間、入院加療したものであるが、〔証拠略〕によれば、原告は、右期間中、入院雑費として、一日平均約金三〇〇円を下らない金員の支出をしたことが認められ、他に右認定をくつがえすに足りる証拠はないが、本件事故と相当因果関係のある損害は、右期間中一日当り金二〇〇円、合計金一万二、二〇〇円をもつて、相当であると認める。したがつて、原告は、これと同額の損害を受けたものである。

(三)  得べかりし利益の喪失

〔証拠略〕を総合すれば、原告は、本件事故当時、満四三才の健康な男性で、道路建設に作業員として、勤務していたが、本件傷害のため、少くとも、原告主張の昭和四三年九月二一日から昭和四四年四月三〇日までの間、休業したが、右休業をしなければ、収入として、少くとも一ケ月約金三万二、〇〇〇円、合計金二三万四、六六六円(円未満切捨)を得ることができたことが認められ、他に右認定をくつがえすに足りる証拠はない。したがつて、原告は、これと同額の損害を受けたものである。

(四)  慰藉料

原告は、右(一)に認定のとおり、入院加療及び通院加療をしたが、〔証拠略〕によれば、原告は、現在に至るも、腰部に疼痛、頭部に頭痛感が残存するなどの後遺症があり、このため、将来に不安を抱いていることが認められ、他に右認定をくつがえすに足りる証拠はない。

右事実によれば、原告が本件傷害のため、多大の精神上の苦痛を受けたことは、容易に推認できるところである。そこで、慰藉の方法として、被告小松の支払うべき慰藉料の額は、原告の年齢、前記過失、その他本件口頭弁論にあらわれた諸般の事情を斟酌し、金五〇万円が相当であると認定する。

(五)  弁護士費用

〔証拠略〕を総合すれば、原告は、昭和四五年三月一日、札幌弁護士会所属弁護士村上弘に対し、本訴の提起及び追行を委任し、弁護士費用として、本訴認容額の一割相当額を支払う旨を約定したことが認められるところ、本件事案は、事実上、法律上の問題点を包含していること、本件損害認容額、その他本件にあらわれた一切の事情を勘案すれば、金三万五、〇〇〇円をもつて、本件事故と相当因果関係のある損害と認めるのが相当である。

三、してみれば、原告の本訴請求は、被告小松に対し、右四の(二)ないし(五)の損害金合計金七八万一、八六六円から原告が受領したことを自認する原告主張の五の(五)の自賠責保険金など合計金四〇万円を控除した残額金三八万一、八六六円及びこれに対する本件訴状送達の日の翌日であることが本件記録上明らかな昭和四五年三月一日から完済まで民法所定の年五分の遅延損害金の支払を求める部分に限り、正当として、認容されるべきであるが、被告小松に対するその余の請求及び被告高山に対する請求は、失当として、棄却されるべきである。

よつて、訴訟費用の負担について、民事訴訟法第八九条、第九二条本文を、仮執行の宣言について、同法第一九六条を適用して、主文のとおり、判決する。

(裁判官 佐藤栄一)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例